本好き60代が読んだ本

海外小説、ノンフィクション、科学、歴史など読んだ本の感想です。

『深海のYrr』 フランク・シェッツィング

 

『深海のYrr』 フランク・シェッツィング 北川和代訳 ハヤカワ文庫

 

これ、SFだったんだ。

前情報なしに読み始めたものだから、てっきりヒューマン小説だと思って読んでた。

深海、海洋生物、メタンハイドレート、ホエールウォッチング、イヌイット・・・、環境をテーマにした小説っぽくない?

人物や深海の描写がとても細かくてリアリティ抜群。海のことよくわからないけど、きっとこんな世界なんだろうなと想像を掻き立てられる。

・・・といい気分で読んでたら、(3巻だったかな)「地球外知的生物」が登場し、この本はSFなんだと気がつく。

訳者あとがきには「エコ・サスペンス」とある。なるほど。

二転三転するストーリーはスリル満点のサスペンスであり冒険小説、未確認生物との戦いはSF、アイデンティティの確立や友情を取り戻すところはヒューマン小説と読み応えがある。それだけ作者が作り込んでいるということなのだけど。一切手を抜いてない感がすごい。

 

難点は1〜4巻とちょっと長い。おまけに潜水艇とか海について読んでもわからないところがあり、小説より映像向きだなと思った。

と思ったら、Huluでドラマ化されていて放映中とのこと。キムタクも出てるとか。でもキムタクの場面って小説にあったっけ? まぁいいけど。

 

個人的にはアナワクがイヌイットであるというアイデンティティを確立する(取り戻す)ところが一番好き。伯父さんの言葉ひとつひとつも沁みる。イヌイットについてもっと知りたくなった。

 

未確認生物、SFというと宇宙を想像する。人類の目は宇宙に向かっている。

でも、地球の底にも未確認生物はいる。地球の深淵は人類の目が届かない闇だ。

 

 

『アムンセンとスコット』 本多勝一

『アムンセンとスコット』 本多勝一 朝日文庫

 

『人類初の南極越冬船 ベルジカ号の記録』、『世界最悪の旅』を読んで、アムンセンのことを知りたくなった。でもなぜか、アムンセンが達成した南極点一番乗りについて書いた本が見当たらなかった。そこで、アムンセンとスコットの南極行進を時系列に検証した本作でアムンセンを見ることにした。

 

『世界最悪の旅』を読んで思った通り、アムンセンにはアムンセンの、スコットにはスコットの南極点への思いがあった。

アムンセンは根っからの冒険家・探検家で、とにかく南極点一番乗りを熱望していた。科学的な調査等は行わず、自分の欲望を達成するためだけに行動した。(解説の山口周によると、アムンセンは「内発的動機」の持ち主)

かたやスコットは軍人で、もともと南極点到達を目標にしていたわけでなく、人から薦められて探検隊長になった。(同じく山口周によると、スコットは「外発的動機」の持ち主)

だから、レースなんて後付けで(スコット隊の遭難後に人々がそう言い出しただけで)、そもそも勝負なんてなかったんじゃないかと思った。

国の威信や重圧を一身に背負ったスコット隊が二番手になり全滅した結果をもって、スコットは悲劇の主人公、アムンセンは非難の的、純粋に南極点到達を目指したアムンセンが評価されていない(ように感じる)のはおかしくないだろうか。

用意周到に準備計画し、深い洞察と的確な判断で難局を乗り切り、見事南極点に到達したアムンセン。南極点到達にかける情熱や探検家としての素養はスコットよりはるかにあったと思われるがいかに。

 

『氷壁』 井上靖

氷壁』 井上靖 新潮文庫

 

そうきたかー。まさかのラストに絶句、これが小説だよね。

 

いやおもしろかった。

 

最初は昭和の香りがプンプンしてちょっと・・・と思ったけど、それさえもクセになるくらいぐいぐい引き込まれた。

現実にあったナイロンザイル事件をもとに書かれているから、どういう展開になるかなんとなく想像できたけど、最後はやっぱりフィクション、小説として見せ場を作って the end。

でもねぇ、他に終わり方なかったのかなぁと思う、本当に唖然としたよ。

 

「切れるはずのない」ザイルが切れた。ザイルの強度が問題だったのか、魚津が保身のため親友小坂を見捨てて切ったのか、小坂が自身で切ったのか(自殺)。

魚津と小坂、小坂と美那子、魚津と美那子、魚津とかおる。美奈子と教之介。複数の関係性が絡み合う。

男同士の友情。人妻に対する愛情。そして山に挑む男・魚津のたどった運命はいかに。

・・・まとめるとそんな話。

 

「山 vs 都会」はすなわち「自然 vs 世間」であり、その対比、切り替えの描写が鮮やかだった。 同時に、やっぱり人は自然には逆らえないちっぽけな存在だと痛感。

そして何といっても、美那子への思いを断ち切り、かおるへと向かった魚津の最後があまりにも切なかった。美那子がそんなによかったのかよと思ったのは私だけではないはず。

 

その他感じたことをまとめると、

1、魚津の上司(支店長)常盤のキャラがすごくいい

冒険とはリスクを冒しても突き進むこと、勝利や成功というものは八分までは理性の受け持ちだが、残りの二分は常に賭けだ (同感!)

人間を信じるということは、その人間のやった行為をも信じるということ。・・ザイルは実験では切れなかったが山では切れた。世間の人は信じないかもしれないがおれは信じる。おれ一人が信じるだけでは不足か (カッコいい!)

魚津君はなぜ死んだか。彼が勇敢な登山家だったからだ。・・・山を征服しに、あるいは自分という人間の持つ何ものかを験すために、一人の登山家として行ったのだ (痺れる!)

2、人妻美那子のキャラが弱い

一時の過ちとはいえ男と関係を持ったのに、あまりにも清純で、お気楽で、拍子抜け。もっと小悪魔的なエロさがあってもよかったのにと残念。(山男ストーリーには不向きか?)

 

最後に、

ナイロンザイル事件(ナイロンザイルじけん)、もしくはナイロンザイル切断事件(ナイロンザイルせつだんじけん)は、1955年(昭和30年)1月2日に日本の登山者が[1]、東洋レーヨン(現在の東レ)のナイロン糸を東京製綱(現在の東京製綱繊維ロープ)で加工した[2]、ナイロン製のクライミングロープ(ザイル、以降ロープと記述する)を原因として死亡した事件。また、それに端を発した日本の登山界での騒動である。 (ウィキペディアより)

 

 

 

 

 

 

『世界最悪の旅』 アプスレイ・チェリー=ガラード

『世界最悪の旅』 アプスレイ・チェリー=ガラード 加納一郎訳 河出書房新社

 

『人類初の南極越冬船 ベルジカ号の記録』からの『世界最悪の旅』。冒険ものが読みたくなった。

 

著者のいう「世界最悪の旅」は、スコット隊の南極への遠征そのものではなく、著者たち3人がコウテイペンギンの卵を手に入れるため営巣地へ向かい奇跡的に帰還した旅のことだった。

 

本作は、第一部がこの世界最悪の旅をまとめたもの、第二部がスコット隊5人の南極点への道のりと遭難の顛末をまとめたものになっている。

 

南極探検というと、「スコットvsアムンセンの物語」を想起する人が多いと思うが、少なくとも私はそう思っていたが、アムンセンが一番乗りで勝者、スコットは二番手、しかも帰途に隊員全滅の敗者という認識はありなのか、本当にそんな勝負はあったのか?

 

そんなことを思いながら読み進め、読了後は「スコットにはスコットの、アムンセンにはアムンセンの南極を目指す理由があった」ことを知り、見方が変わった。

 

目頭が熱くなり、胸が苦しくなる場面がいくつもあった。あと少しだったのに。ほんの20キロが永遠に遠かった。自然はいとも簡単に人の命を奪う。人間はちっぽけな存在だ。

 

訳がちょっと古くて読みにくいところはあったものの、読んでよかった。現代の私たちの生活は、先人たちの苦労と犠牲の上に成り立っていることを痛感した一冊だった。

 

 

『患者が知らない開業医の本音』 松永正訓

『患者が知らない開業医の本音』 松永正訓 新潮新書

 

書評サイトHONZでレビューを見て購入、サクッと読めた。

 

勤務医から開業医へ転身した著者。理由は自身の病気から。医者でも病気になるし、ワークライフバランスは大事よね。勤務医は激務らしい。開業医の方が激務だと思っていたけどそうでもないみたい。

その辺のこととか、自己資金がなくてもクリニックを開業できるとか、クリニックの選び方や小児医療などについて、へぇと思うことがたくさん書いてあった。

個人的によかったのは、著者のブログにたどり着いたこと。

時事問題、ご自身のこと、本の紹介など、ほぼ毎日更新されていて、とても好印象。

特に本の紹介がいい。自分では選ばない本がおすすめされていて参考になる。

 

 

 

 

 

『人類初の南極越冬船 ベルジカ号の記録』 ジュリアン・サンクトン

『人類初の南極越冬船 ベルジカ号の記録』 ジュリアン・サンクトン 越智正子訳 パンローリング

 

おもしろかった。というか、とても興味深い本だった。

冒険もの探検ものは初めて読んだのだけど、翻訳がすばらしいせいか著者日本人だっけ?と思うくらい最後まで違和感なく読めた。あっという間に読了。

 

ベルギーの探検隊が南極点目指してベルジカ号で出発するも、南極大陸目前で流氷に阻まれ、やむなくそこで越冬することになった時のことを、当時の隊員の日記や航海日誌などからまとめた一冊だ。著者も実際に南極大陸を訪れてこの本を書いている。

一日中太陽が昇らない極夜が何ヶ月も続き、死にいたる恐ろしい病(壊血病)、船倉に巣食うネズミ、転落事故など劣悪な環境に苦しめられ、隊員たちは精神を病んでいく。そんな中、不屈の精神でもって難局を乗り越え、無事生還した隊員たち。

結局南極点には到達できなかったけれど、新しく発見した島、膨大な観測データ、標本などは学術的に貢献したようだ。

自然はある意味残酷で、そんな自然に対し人間は取るに足らないちっぽけな存在、でも、人間は考える生き物だから諦めず何とかしようとあれこれやってみる。

容赦ない自然の有り様に恐れおののき、一方で、人間の諦めないたくましい精神に脱帽だった。

でも、冒険に挑んで失敗した歴史もあるわけで、やっぱり自然には勝てないよねとも思う。

それでも挑む冒険家、探検家たちに敬意を表したい。

 

『タタール人の砂漠』 ブッツァーティ

タタール人の砂漠』 ブッツァーティ 脇功訳 岩波文庫

 

岩波文庫というとお堅いイメージがあって敬遠しがちだけど、本作はかなり読みやすい。

それに、岩波文庫を読むたび思うのだけど、解説がいい。読後の振り返りに参考になることがギュッと詰まっている。

とはいうものの、私の場合、どちらかというと読み始める前に解説を読むことが多い。1ページ目からいきなり作品の世界観に没入できることはまずなくて、ぼんやりしながら読むとせっかくのおもしろい作品がつまらなかったとなりそうなので、ネタバレにならない限り解説は事前に読むようにしている。

 

さて、この『タタール人の砂漠』。

なんかもう自分の人生の縮図を見ているようで、たまらなく切なかった。

同時に、ストーリーが進んでいく場面場面で、同感、共感、そうなんだよね、わかるわかるの連続。

主人公のジョヴァンニ・ドローゴが真新しい中尉の軍服に身を包み、意気揚々と任地に赴く姿は、社会人1年生の自分とダブる。

職場でルーティンワークをこなし、何事もなく1日を終えることを良しとする一方、何の変化もない日々に不満を感じたりもする。

今にいいことがある、自分を最大限生かせるプロジェクトに抜擢される、周りがあっと驚くようなすごいことをやってやる、ピンチをチャンスに変える、一気にスターダムを駆け上がるなどなど、若い頃からずっと、多分みんな、程度の差こそあれそう思ったことがあるはず。

 

60を過ぎた今、ドローゴの上官が口にする言葉にハッとさせられる。

 

「私だって、できることなら君たちのようにするんだが・・・でも、残念ながら今となってはね」

 

もう年だからって言ってるのだけど、まだ若い、まだまだ時間はあると思っている若者だっていずれ年をとる。いつまでも若くない。

期待が裏切られるのを恐れて、最初から向き合わないのはまちがっている。なんて綺麗事はいわないけど、少なくとも目の前のこと(いいことも悪いことも)から目を逸らさず、真正面で受け止めたいし、そうしないと後悔すると思った。

 

ドローゴは人生そのもの、人の一生を具象化したものだった。